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年が明けて1月も終わりの頃、マリオとハルカちゃんが新年の挨拶に来てくれました。
来るという知らせは前日にハルカちゃんからのメールで「明日伺っても良いですか?」と。 会ったら移住の事を話そうと思っていたので折り返し、「OK!話したい事もあるし」と送ったら、 「またマリオくん(夫)の借金か何か・・・。」と返ってきたので家族全員で大爆笑!息子マリオは相変わらず信用まるで無し!超ウケるぅー(笑) 離婚の時に父弟と共に鹿児島へ引き揚げたマリオをその後私の我がままで手元に引き取り暮らすも、生活の為に実家両親に預けてまた私と離れる事になり、ようやく東京下町で一緒に暮らすも私の再婚により又引っ越し。この後夫の就職で千葉の野田に移り住むが夫転職にて今度は佐倉市へ大移動。佐倉市内で引っ越しする事2回、ようやく今に落ち着いたのに。放射能問題に加え直下型地震ですかぁー・・ さんざん引っ張りまわした挙句にここにマリオを置いて行くのか・・・ここに残して行くのか。 二人を目の前にするとどんな顔して良いのやら表情もぎこちなくなる。移住して離れ離れになる現実をあまり考えたくない部分もあって録画した番組などを観ながら他愛もないいつもの会話とかするんだけど、今目の前に居るマリオと傍らでそっと寄り添うハルカちゃんを見ていると何とも言えない気持ちになる。 一緒に移らないかと声をかけてみても決まった答えしか返ってこない。 「人はいつか死ぬ。知らない土地で死ぬのは嫌だ。」と、マリオ。 移住先を決めた安心感を得ると同時に自分たちだけが助かりたいのか?という卑怯な問いを常に自分に投げかけて来た。答えはずっと出ないままでいたがユウキの友達の顔を思い浮かべ、マリオたちを目の前にしてようやく辿り着いたのは、 たとえこの地で尽きるとも それはそれで良し 私はただ田舎暮らしがしたいから移住するのだ 放射能問題も政府が言う通りやっぱり大丈夫だった、直下型地震も思ったよりも軽かった 恐れていた事が何も起きずに 皆が穏やかで元気に明るく暮らしていけますように
なかなか腰を上げない男であります。こちらが手綱をクイッと引っ張ってあげないと前に進めないようです。
やっと動き出したと思えば、一歩前へ進んだら座り込んでしまうので3日で片付く事が一週間かかってしまいます。 頼りなくて本当に困ります。もっと精力的にグイグイ前へ前へ・・って、ねぇー。まぁ仕方がありません、そういう男を私は選ばなかったのです。 家の売却 3・11すぐ後の5月頃・・この時もう既に避難移住を考え不動産業者に相談していました。その時と同じ担当者さんに物件の売却を依頼。希望価格で売れない場合は業者さんに処分してもらう事に。 ハローワーク まずはこちらの相談センターに依頼して土庄のハローワークとつなげてもらいます。島の暮らしには定職に就くというのが必要条件で、これをクリアしない事には物件を借りる事ができません。当たり前の事なんだけど今まで私たちは移動してから現地で職を探すというやり方で来たので正直参りました。現地で面接といっても簡単に行ける距離ではありませんし、何よりお金がかかります。移住すると決まったからには出来るだけお金は使いたくありませんでしたが渋っていても始まらないし、やはりここは夫にも一度物件を見て決めてもらいたいという気持ちになってきたのです。 ところが・・・です。せっかく仕事を休み私もゲンキもパパに付き合ってハローワークに来たのに登録だけ済ませて手ぶらで帰宅の路についてしまったパパ!面接には紹介状を書いてもらわなければなりません。その為に又後日ハローワークへ出向かなければなりません。何て二度手間!要領の悪い男であります。私にあおられ仕方なく私とゲンキを一旦家で降ろし夫は再びセンターへ戻る羽目に・・。何とか紹介状を手にしこれでやっとまた一歩進みました。 退職申請 慣れ親しんだ職場には国へ帰る事になったと伝えました。 面接決定! 2月4日 土曜日 午前中 新幹線の切符はゲンキと私で買いに行きました。北風吹く中寒かったけどお天気には恵まれてお日様ぽかぽか。 切符を買ってホームに立っていたら、どこからともなく南米系のおじさんが「寒いね!寒いねっ!」って言いながらゲンキに駆け寄って来ました。電車が来るとおじさんは先に乗り込みゲンキを見ると「こっち!こっち!」といって席を空けておいてくれました。ペルーから来たそのおじさんは7人の子供がいて5月に国に帰れる事をとても楽しみにしていると話してくれた。おじさんは最後にゲンキと名を名乗りあって電車を降りて行きました。 ほっこりあったかいひと時でした。
1月4日水曜日
小豆島 土庄町役場に電話、6日金曜日に空き家物件の下見に行く事を決める。 夕方パパに伝えると「ふぅーん、行くの。・・・まぁ、泊ってくればいいじゃない。」・・・と。 そして、どこを見ているのか 遠い目 1月6日金曜日 ゲンキと二人、小豆島 土庄町を目指す。 夜勤明けのパパが帰宅後仮眠して早朝勝田台駅まで送ってくれた。仏壇には珍しくご飯が供えられていた。言葉少ないパパの心情が伝わってくる。 でも、せっかく送ってもらったのに慣れない私のせいで予定の便を乗り遅れてしまう。せっかく指定席買ったのにぃ・・・。 いざ、初めての新幹線、遂に乗車!旅のお供はレッサ―パンダ ![]() ![]() ![]() 岡山駅に到着・・・ハトとたわむれる ![]() バスで岡山港へ到着 ![]() 次はいよいよフェリー! ![]() ![]() ![]() デッキで男の子がカモメにカッパえびせんをあげていたので凄い数のカモメが寄ってくる。 それにちゃっかり便乗して楽しむゲンキ・・・が、この後悲劇に。 手を広げて差し出したゲンキの小さな指がカモメにはカッパえびせんに見えたのだろう、ゲンキの指をサッとくわえようとしてすべったくちばしが「カプッ!」といい音立てて離れて行った。ちょびっと濡れた指を見つめ茫然と立ち尽くすゲンキ。船の中に戻りきれいに指を拭いてあげるが、「もう鳥嫌いになった。」 一時間ほどの乗船を終えてやっと小豆島に上陸!ここまでかかった時間約5時間の長旅にお疲れ様ゲンキ、よく頑張ったね。港に着くと役場の鳥井さんが待っていてくれてそのまま土庄の物件まで案内してくれた。 出迎えてくれたおばあちゃんがゲンキに小さな手袋で出来たカメさんをプレゼントしてくれました・・・この背中に飴が2コ(すぐに食べちゃった) ![]() ここが私の新しいキッチン!借り暮らしになる緊張と喜びが湧き上がってくる。 ![]() 物怖じもせず探索してまわるゲンキ ![]() この家は戦争未亡人になってしまった伯母さまが一人ひっそりと暮らしていたのだそう。昭和42年に建てられたわりにはかなり凝っている造りにドキドキしてしまう。小さいながらに所々工夫が凝らされていてワクワクしてくる。 ![]() ここがお気に入りの部屋だったのかしら。床は上質だったであろうカーペットが敷き詰められ天井にはシャンデリア!ここに人形の棚を置く事がもう決定! ![]() 家の目の前の風景・・・春は、夏はどんなだろう ![]() 同じ場所に立ち目線を変えると今度は海! この後大家さんの息子さんと役場の人が保育園まで歩いて案内してくれました。歩いて行ける?近い!田舎なのでさぞかし不便であろうと考えていたのに反して幼稚園や郵便局、バス停が歩いてすぐの所なので驚いた。今の方がよっぽど不便のこの不思議。 ![]() 何て贅沢!園庭の向こうに海! 千葉で通わせようと思っていた保育園は歩いて遠く、園の中の様子はギュウギュウに詰め込まれた園児であふれ返り雑多でまるで収容所のようだった。園庭では大音量のアンパンマンの歌に合わせて皆で踊るし(ゲンキは踊らなかった。無関心)何か違うよなぁー、でも仕方がないのかなぁ・・と諦めるしかなかったんだよねぇ。 日が沈み家を後にする時におじいちゃんがゲンキの為に餅を焼いて持ってきてくれた。 ![]() 「この子 手が冷たかったから。」と私の手にそっと焼いた餅を乗せてくれた。 すっかり凍えていたのでその温かさに感激!まるで小さな子猫を手の平に乗せてもらったような、生きた温かさが伝わってきた。ありがとう、おじいちゃん!また帰ってくるからね絶対に! ![]() 予約していた宿に遅いチェックイン、お疲れさんっ!・・に、「うん、バンガッタ!」(ガンバッタ) 1月7日土曜日 5時36分 夜勤明けのパパから珍しくメールが届く。(いつもは必要でも返信は送ってこない人) 「直接言いにくいからメールで言うけど、俺はやっぱりお前が居ないと自信が無い」 「それは皆同じ・・誰か一人欠けてもバランスが崩れるよね。ゲンキと二人旅は寂しかった。」・・と、私。 ![]() 本日も快晴! さぁ!帰って家族に報告です! ![]() あぁーそれにしても楽しい二人旅だった。ドタバタと決まった今回の小旅行、新幹線の切符の買い方もわからない私です。新幹線に!フェリーに乗り遅れるぅー!と、人混みの中泣き叫ぶゲンキを引っ張って何度走った事か。全て私のせいです、スムーズに行かなくて迷惑かけました、ごめんねゲンキ。 一生忘れられない旅になりました。お供してくれてありがとう。 何と帰りの新幹線で「見ると幸せになる」というあの幻の!ゲンキの大好きな憧れのドクターイエローとすれ違いました!奇跡っ!! ・・といっても見えたのは新幹線の窓に一瞬映った黄色と青いラインだけど、その瞬間を二人は逃さなかった! ![]() 静かに明けた 新しい年 2011年幼稚園への通園を諦めたゲンキは今年の春、歩いて通える近くの保育園へ入園させようと考えていました。そんな矢先の事でした。その保育園の目と鼻の先程の場所から0.69μSv/hが測定されたとネットで公表されていました。ツイッターでは異常な速さで拡散が広がっている今起きているこれが現実。この0.69μSv/hが再び私の背中を今度は強く「ポン!」と押してくれました。 ![]() このパスタの麺のような物は伊達巻を巻いていたプラスチックのスノコ。組み立てた後に一気にガシャンと閉じる・・ただそれだけの遊びを暇なユウキが考案、飽きずに延々とやっています。 そしてゲンキもチャレンジするが、 ![]() もちろん失敗。ゲンキにはちょっと無理。 ![]()
2011
守るべきもの 何が本物なのかを目覚めさせられた 忘れる事のできない一年でした 偽物はいらない それらは実にシンプルに私のまわりから 消えて行きました ![]()
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